至善館で見つけた北極星が導く、未知の旅を歩む
小沼大地さん(Class of 2020)
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至善館1期生アルムナイで、2024年10月に新公益連盟*共同代表に就任した小沼大地さん(NPO法人クロスフィールズ代表理事)にお話を伺いました。 インタビューアーは、15年以上親交のある、至善館の鵜尾雅隆 副学長(NPO法人日本ファンドレイジング協会代表理事)です。 至善館での学びの振り返りから、新公益連盟共同代表としての意気込みまで、幅広くお話しいただきました。 |
ソーシャルセクターの転換期における新たな挑戦
鵜尾
まずは、新公益連盟共同代表就任おめでとうございます。
小沼さん
ありがとうございます。本当に重いバトンを受け取ったなぁと実感しています。日々感じるのは、ソーシャルセクターは転換期にあるということです。かつてのソーシャルビジネスのブームが過ぎ去り、スタートアップをはじめとした民間企業が社会課題の解決を標榜する時代となり、NPOを中心としたソーシャルセクターの組織が果たす役割が社会的に不明確になってきています。改めて自分たちの価値をクリアに言語化し、社会に発信することを急いでやらないといけない時期にきています。
さらに、一部のNPOが「既得権益」や「エスタブリッシュメント」として批判的に見られることも増えてきており、政府や特定企業との密接な関係性がネガティブに捉えられたりもしています。
これからのNPOは、市民の代表性という性質を持ちつつも、「我々は誰か」「どこから来てどこへ行くのか」という根本的な問いに真摯に向き合う必要があると思っています。自らの存在意義を再定義し、社会に対して明確なメッセージを発信できなければ、NPO全体が徐々に力を失い、その社会的機能を喪失してしまうという危機感を持っています。
鵜尾
欧米諸国のように、philanthropy(慈善活動)の考え方やNPOセクターが成熟していて、社会的に認知されている状態とは異なり、日本は未だ模索段階にありますよね。ソーシャルビジネスブームのときは、先人たちが革新的な方法で突破口を開き、社会から期待も信頼も集めました。現在は、より長期的な視点から、NPOの存在意義を再考する曲がり角に差し掛かっているのかもしれないですね。
そういう問題意識や時代認識は、至善館での学びが影響しているんでしょうか?
小沼さん
そう思います。至善館で学んだことで、自分が生きている社会の大きな構図が見られるようになりました。NPOはNPOだけで存在しているのではなく、企業もNPOも社会の中に共存している。そして、社会は資本主義や民主主義のような社会システムで動いていて、NPOは特に民主主義を機能させるのに重要な役割を持っている。そういったことを、人類の長い歴史を旅しながら、俯瞰的に学んだことで、いろんな角度から、より長期的かつ広い視点で社会とNPOの立ち位置を捉えることができるようになりました。
それから、至善館では今まで考えたことがないような社会課題や抽象的な問いに対しても、「持論を持ちなさい」「自分の言葉で表現しなさい」と言われる機会が多かったので、ずっと脳に汗をかきながら、社会に対する自分の考えをアウトプットする訓練をできたことも大きいと思います。
至善館での学び、底の抜けた社会とどう対峙するか
鵜尾
たしかに、至善館で教えていてすごく感じるのは、至善館の学生って、体幹がいいというか軸があるというか、どんなに大きな話を振っても、しっかり受け止めて、ブレずに自分の言葉で返そうとする「背骨」があるように感じますね。
それで、以前、私も至善館のリベラルアーツ科目を全部聴講させてもらいましたが、いやー、これはすごいなと思いましたね。自分の思考のOSを2段階アップデートされたと感じるくらい、自分の社会や時代に対するメタ認知を広げてもらいました。
小沼さんにとって、そんな至善館での学びは、卒業後はどう活かされました?
小沼さん
最近、地域の少年野球チームの監督に就任しました。これは、至善館に来ていなかったら、絶対やっていなかったことだと思います。
至善館に入学したのが30代の半ばで、そのときのテーマは、「自分が経営しているNPOの事業のインパクトを、どうやって拡大させていくか」でした。ただ、至善館で学んで気づいたのは、自分は何かを突きつめてひたすら上昇していくよりは、多様な価値観の中で横に広がっていく人生、探索するような人生のほうが、自分らしい生き方なんだ、そういう風に生きていきたいな、ということでした。
特に印象的だったのは、社会学の授業の中で、地域の繋がりの希薄化が「社会の底が抜けている状態」をつくっていて、それが社会不安の元凶になっている、ということを教えてもらったことでした。
そのときに、自分はNPO経営者でありながら自分の住む地域社会との接点が少ないことに気付かされ、自分が社会に対して胸を張って生きていくには、自分が住む地域のために時間を使わなければならない、という考えにつながりました。
至善館を卒業すると、授業がなくなり宿題もないので、使える時間が急にたくさんできたんですね。で、私はその浮いた時間を全部、小学校のPTA活動につぎ込みました(笑)。至善館での学びを最大限に活かせる現場は、地域にこそあると思ったからです。その結果、5年間地域に貢献し続けて、気がついたら縁があって少年野球の監督になるという、ある意味では新公益連盟での共同代表以上に重い役割を頂くことになりました(笑)。
鵜尾
わかる気がするなぁ。ちゃんと言語化できてなかったけど、私も今年、家の近くで空手道場を開いたんですよ。これって、至善館のリベラルアーツの科目を受けたからだったんだな、きっと。
小沼さん
きっとそうですよ(笑)。
経済的な価値とかインパクトを測るのはたしかに大事ですが、定量的な数字には現れない価値こそが一番大切だと思うんです。例えば、地域の空手教室とか野球チームがすごくインクルーシブで、ちょっとグレちゃった子たちもそこで立ち直ったりする、とか、そういう場が地域に増えていくのが大事なんじゃないかと思っています。
誰か一人のチェンジメーカーが「よし、世界を変えるぞ!」といって組織を大きくしていくのもいいですが、子ども食堂みたいに、小さな草の根の活動がどんどん増えていく仕組みを作ることが必要だと思っています。特に、今の日本では、そういう市民参加型の活動を強化することは、すごく価値があるんじゃないかと思っています。
新公益連盟での今後のビジョン
鵜尾
そんな地域貢献に目覚めた小沼さんが、今は自身のNPO法人の代表理事をやりながら、新公益連盟の共同代表という立場になった。特に、経済同友会とインパクトスタートアップ協会との3者連携など、企業とソーシャルセクターをつなげるような新しい動きもでてきてますね。
小沼さん
社会システムの変化を求める機運の高さを、ビジネスセクターからもひしひしと感じています。経済同友会には、至善館と至善館の設立母体となったNPO法人ISLに関わった方が多く在籍しています。なので、至善館で学んだことを実際に社会に実装するという難しいチャレンジも、そういった方々と連携しながら楽しくやらせていただいています。
ISLや至善館で学んだビジネスパーソンの方は、みんな時代認識がどことなく似ていて、社会課題への理解も深いので、何か新しいことをやろうとしたときに、「この活動が、なぜ社会に必要か」という説明をしなくても話が早く進んでいくので、ありがたいなと思っています。
鵜尾
新公益連盟の共同代表になって、今後何をしていきたいですか?
小沼さん
1つ目は、今後数年間のなかで具体的な成果を出したいです。ビジネスとソーシャルセクター間の人材交流を加速する仕組みや、企業とNPOの画期的な協働事例を創出するなど、振り返った時に時代のティッピングポイントだったな、と思えるようなことを戦略的に仕掛けていきたいです。
2つ目は、世代間の融和を促していきたいです。至善館で学ぶ中で、自分は変革を実現できる調和型のリーダーを志向したいのだと気づきました。バックグランドが異なる人々の異なる考えを組み合わせて、新しい価値を産んで変化を起こす、ということが得意だと思っています。NPOのあり方がどんどん変わっていく中で、先人が大切にしてきた哲学を大事にしながら、今すべきことに向き合い、未来を展望しながら、様々な要素を組み合わせて、多くの人がワクワクできるような変革を目指していきたいです。
鵜尾
今年から、至善館ではスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューの日本版 (SSIR-J)の発行体になったので、ぜひ、至善館と新公益連盟との連携を増やしていきたいと思っています。
「人生の北極星」を見つける
鵜尾
じゃあ、最後に、至善館を目指す後輩に向けてメッセージをお願いします。
小沼さん
ソーシャルセクターで働いていると、自分の日々の活動が本当に社会を変えているのか、不安になるときがあるのではないでしょうか。目の前の「ありがとう」は聞こえるけれど、やっている活動が本質的な社会変革に繋がっているか、ということへの実感は薄いという感覚です。
私にとって至善館での一番の学びは、自分の取り組む活動の意義を根本的に問い直すことでした。特に、それを豪華な教授陣と一緒に考えられたことは貴重な経験でしたし、至善館に来なくてはできないことでした。
また、NPOで働く方にとっては、至善館はビジネスセクターに関する本質的な理解を深める良い機会になると思います。単に経営スキルを学ぶだけでなく、ビジネスセクターの同級生との対話を通じて、ビジネスの内側のメカニズムを実践的に理解できるようになると思います。
リベラルアーツの授業では、クラスメイトと宗教や哲学といった、普段仕事をしている中では、めったにしないテーマの議論を頻繁にするので、絆がすごく深まりますし、そこで得られる関係性は非常に価値があるものだと思います。
ビジネスセクターで働く方にも、至善館はお勧めしたいです。
これからの時代を牽引するビジネスリーダーには、企業はなぜ存在しているのか、自分は社会でどんな価値を生み出したいのか、などについて深く考える時間がとても重要だと思っていて、至善館ほどそれができる場所はないと断言できます。
これは知識を得るとかスキルを学ぶとかとは違い、すぐに実務に直結しないことだとは思います。ただ、キャリアのどこかでこういった時間をしっかり持つことで、5年後、10年後に振り返ったときに、そのときに得た学びが全く違う人生の道を開いてくれた、と思える瞬間が必ず来ると思っています。
鵜尾
なるほど。表面的な知識を覚えるということよりも、至善館の学びの中で体感した世界観を大事にして生きていると、日々の判断がちょっとずつ変わっていって、何年かすると、大きな変化になっていく、ということですかね。
小沼さん
はい、私自身も経験したんですが、至善館で学んでいると、自分の人生で目指すべき「北極星」みたいなものが現れるんですね。卒業時点では、まだぼやっとしたものなんですが、卒業後も、その北極星が持つ磁力に引き付けられるように、その方角に向かって歩いているような感覚です。そうすると、至善館に来なかったら、きっと立ち入らなかったような道に、自然と踏み出していきます。私にとっては新公益連盟の共同代表や少年野球の監督になったことが、それだったのかもしれません。
鵜尾
至善館で学んでいると、北極星を見つけられるというのもあるし、それを見つけたときに、素直に受け入れられる素地みたいなものもできていますよね。1年次のリベラルアーツ科目を通して、自分をよく理解できるようになっているからかな。
今日は貴重なお話しをいただき、ありがとうございました。
*新公益連盟:NPOを中心としたソーシャルセクターの全国規模のネットワーク組織。社会課題の解決に取り組む様々なプレイヤー同士のネットワーキング、政策提言、調査研究、各種の分科会活動などを行っている。